旧東ドイツの劇作家ハイナー・ミュラーが一九七七年に発表した『ハムレットマシーン』は、日本語翻訳版で十五ページほどの短いテキストだ。セリフとト書きの区別さえさだかではない独特な内容は、一読すると、戯曲というよりも一種の散文詩のような印象を受ける。濃密で複雑なその言語空間は、多くの読者をたじろがせると同時に、不可思議な魅力でとりこにもする。
テキストの冒頭にある「わたしはハムレットだ、っ、た、」という一句は、かつて、ミュラーの直接的な先行者であるベルトルト・ブレヒトが発した問いかけ、「今日の世界は演劇によって再現できるか」について、多少なりとも関心を抱く演劇人にたいして、避けて通れないひとつの「壁」として大きく立ちはだかるとともに、さまざまな解釈や変奏をともなった上演への意欲をかきたてさせてきた。
宣言される「ハムレット」という役割の放棄は、直接的には、二十世紀前半のファシズムに引き続いてミュラーが生きなければならなかった旧東欧社会主義国家における、彼自身の経験が背景にあるだろう。けれども、作品が書かれてから四半世紀の時が過ぎ、旧東欧の政治、社会体制が完全に覆されたいまもなお、それは、生々しいリアリティをもってわれわれに迫ってくる。
あるいは、われわれはいまにしてようやく、ミュラーが予見した世界史的な「王朝交代劇」の渦中にある自分たちの姿に気づき始めているのだろうか。そのような思いを、あながち妄想として退けられない何かにうながされるように、最近、ぼくにとっては三度目のこころみとなる上演に取り組んだ(十一月、個人劇団「鴎座」第Ⅱ期上演活動1)。
今回の上演では、九十年に旧東ベルリンでおこなわれたミュラー自身の演出に倣って、シェイクスピアの『ハムレット』のテキストを大幅に取り入れた台本構成をおこない(ミュラー演出は、彼自身の翻訳による『ハムレット』を用いた、八時間以上におよぶ完全なダブルテキスト上演だったという)、題名も『ハムレットマシーン』から『ハムレット/マシーン』とあらためた。
上演の成果については大方の批判を待つしかないが、ぼく自身は今回の取り組みにたいして大きくふたつの目算があった。ひとつはヨーロッパにおける政治体制としては崩壊したコミュニズムの可能性についての検証。いまひとつはあらたなる、そして個人的にはおそらく最後となるだろう小劇場運動への助走。前者については「コミュニズムとは、人間を、その孤独へと解放することなのです」という、後者については「いまや、かのバベルの塔──すなわち、啓蒙のプロジェクト──は、地響きをたてて倒壊するにいたりました。塔を再建することは不可能ではありますが、しかし、それを運動に転化するということは可能となりましょう」という、ミュラーの発言が指針としてあった。
もちろんこれらの目算が、たった一度のささやかな上演活動で果たされると思っていたわけではない。ミュラーによるふたつの発言は、いずれもが長い歴史への射程を見据えた上でのものであり、とりわけ後者には「今後、四百年のヨーロッパ」を展望する後段がある。
けれども、劇場という場所が、一方でそのような壮大な夢を一夜にして経験し、語り合うための「自由」の場所であることも、また,まぎれもない事実ではないだろうか。そして、それが現在のわれわれの周囲からは、急速に失われつつあることも。ぼくにとって、『ハムレットマシーン』という圧縮されたテキストからの誘惑は、なによりもそうした劇場の「自由」へのバネとして、いま、切実にある。