霊戯

上演テキスト(最終版)
2011年11月22日

1)上演テキストは、郭宝崑『The Spirits Play 霊戯』の原テキストから、演出を担当す
る佐藤が構成した。
2)原テキストの翻訳は、廣木明子(英語版)、延江アキコ(中国語版)がおこなった。
3)上演テキストは、舞台上の俳優によって語られる(あるいは歌われる)言葉、背後の
壁に投影される文字によって構成され、演技、および演出上の指定は省かれている。
4)俳優1、2、3、4、5の言葉は、おおむね、原テキストの将軍、母、男、娘、詩人
言葉に対応する。
5)<>記号は背後の壁に投影される文字を示す。

 

人物たち
俳優1
俳優2
俳優3
俳優4
俳優5

 

1.

 

俳優1 今日は赤。
俳優2 昨日は緑。
俳優3 明日は白。
俳優4 それから黒。
俳優2 やがてすべてが白。
俳優3 一面の白。
俳優2 雪。
俳優4 一面の赤。
俳優3 一面の黒。
俳優2 一面の紫。
俳優4 一面の黒。
俳優1 赤は?
俳優 すべては白に。

 

<見ろ、馬が駆け抜けていく。雪の上に蹄の跡さえ残さず。>
<森は闇、誰かが宙に浮かび笛を吹く。>
<空も地も雪。林檎がひとつ、木の上の枝に残っている。>
<黒々とした海に、花一輪、波間にただよう。>

 

俳優3 砕かれ、壊され、流され、捨てられ。
俳優4 腐り、崩れ、沈み、溶け去り。
俳優2 放られ、見過ごされ、滅ぼされ、消され。
俳優1 片づけられ、追われ、無視され、忘れられ。
俳優3 無視され? 忘れられ?
俳優2 片づけられ、追われ、無視され、忘れられ。

 

2.

 

俳優5 母よ
 わたしは出かけます
 水は汲みました
 薪は割りました
 あたたかくしてください
 たくさん食べて下さい
 ぐっすり眠って下さい
 母よ
俳優1 誰だ。誰なのだ。
俳優5 日がのぼりました
 出発しなくては
 あなたの写真は持ちました
 手紙を書きます
 体には気をつけて
 わたしは出かけます
 母よ

 

3.

 

俳優2 ふるさと、鳥のさえずり、縫い、飯を炊くところ。

 

<粗末な茶を祝い酒のかわりに、両親は涙でわたしたちを結婚させた。>
<夜明けが来る前に、あの人は深い霧の中に去って行った。>
<わたしは願った。霧の夜に、ふたたびあの人があの人がやって来て扉を叩いてくれるのを。>
<やって来たのはあの人の死の知らせだった。>
<骨ひとつ、戻ってはこなかった。>
<ある日、わたしは誰にも告げず、ひとり静かに旅立った。>
<西に東に尋ねまわり、物乞いをしながら一年をさまよい、最後にこの地にたどり着いた。>

 

俳優2 散らばる骨は軍服をまとい、どれがあの人なのか、誰に聞けばいいのか、誰ならばわかるのか。

 

俳優2 良く見れば、すべてはあの人の骨。
 すべてのむくろはあの人で、みながわたしに笑いかけていた。

 

俳優2 ひとつひとつ、一山一山、集めては燃やし燃やしては集め、妻から夫へのわかれの礼を捧げ奉る。

 

<軍は炎が敵の目印なるのを恐れ、わたしを撃ち殺した。>

 

4.

 

俳優3 ふるさと、田があり、森のあるところ。

 

<わたしが入隊したころ、ふるさとは収穫した穀物の脱穀の最中だった。>
<両親は晴れ着を着て見送りに、弟や妹たちは脱穀の作業をつづけていた。>
<殺せと命じられれば殺した。>
<首を吊るし、頭を砕き、銃と剣、とまどいはなかった。>
<火を放てと命じられれば、火を放った。>
<敵軍が全力で反撃してきた。陸海空軍の猛攻撃にふいをつかれ、わたしたちはあわてて背後の山へ退却した。>
<二十万の大軍は、一週間たたずに散り散りになった。>

 

俳優3 食料がなくなり、飢えがはじまった。

 

<手足が腐り骨の見えている者、傷を負い、飢え、疲れ、動けなくなった者が、座り込み、腕をひろげわたしたちを見つめたが、わたしたちにはなす術がなかった。>

 

俳優3 一群一群、一山一山┄┄┄┄わたしたちは兄弟たちの死体の山で出来た道の上であがいた。

 

俳優3 あの無数の蛆虫たち┄┄┄┄あの一群一群、一山一山の死体┄┄┄┄
俳優2 帰れ、ふるさとに、あなたの家に、女の懐に。
 息子に、夫に、恋人に戻り、わたしたちと一緒に暮らそう。
 戦が始まると家には男がいなくなる┄┄┄┄男たちは女のすべてを忘れてしまう。

 

<いいえ、あの人たちは女の体を忘れない。いたわりもなく、愛もなく!>

 

5.

 

俳優4 ふるさと、畑と果物のあるところ。

 

<あの人は中学の同級生。わたしを好きなのははじめからわかっていた。>
<あの人は、祖国が完全に勝利するまで、君への思いをこれ以上つのらせないと
誓った。>
<十六歳になった日に、あの人は自分で学校をやめ、家を去り軍隊に入った。>
<わたしはふかくこころを動かされて、自分も軍の看護士になった。>
<九時頃、ふたりの若い兵士が「仲間を見てやってほしい」とやって来た。>

 

俳優4 思いもしなかった、それが罠だとは、謀りごとだとは┄┄┄┄

 

俳優4 森の中の小さな小屋で┄┄┄┄あの人たちは┄┄┄┄あの人たちは┄┄┄┄

 

<あの人たちは┄┄┄┄十八人┄┄┄┄>

 

俳優4 あたたかさもなく、いたわりもなく、性もなく、愛もなく、
 ただ痛めつけ、痛めつけ、痛めつけ!
 人間にする仕打ちではない┄┄┄┄人間にする仕打ちではない┄┄┄

 

6.

 

俳優1 ふるさと、祖先をまつる社のあるところ。

 

俳優1 我らの勝利の栄光を、わたしは永久に忘れない。栄えある勝利は我らの誇りだ。

 

俳優1 祖父よ、父よ。
 あなたたちの教えを忘れない。
 あなたたちの長靴を履いて育ち、あなたたちの刀を杖に歩き方を学び、あなたたちの軍馬の背で字を覚えた。

 

<詩人がやって来た。>

 

7.

 

俳優5 空は一面 深い青
 周囲は静まり 音もなく
 白い鳥が一羽 頭上をかすめる
 世界を平和と安らぎに染めながら

 

<わたしは子供のころから詩を書くのが好きで、十歳で「天才少年詩人」と呼ばれていた。>
<列強の戦争がはじまり、国全体がひとつになって敵に立ち向かっていた。>
<たった半年のあいだに、四十本の戦争記事と六十篇の愛国詩を書いた。>

 

6

 

俳優5 空気は硝煙に満ちて
 森には鳥の声もない
 街に笑いは消え去り
 夜更けに子供と年寄りの泣く声がする
俳優1 詩人よ、なぜ我々のところに居る? なぜあれからお前の記事を見ない?
俳優5 書かないから。
俳優1 なぜだ?
俳優5 書けないから。
 敵軍の反撃以来、わたしたちはどこで勝利したのだろう。
 総司令官、あなたはまだ、わたしたちが勝つと言うのか。
俳優1 ここにはただひとりの司令官しかいない。
 総司令官はわたしだ。血を流さない戦争がどこにある、人が死なない戦争がどこにある?
俳優5 そして最後に、わたしたちは戦争に負けた。
俳優1 あり得ない! あり得ない! あり得ない! 我々は戦いつづける! 我々に敗北はあり得ない!
俳優5 果てのない荒野に野ざらしの遺体。
 撃たれ、刺され、辱められ、生き埋めにされ、焼き殺された山あいの非戦闘員。
 敵の追撃から逃れるためにあなたが爆破した橋を渡れずに、
 殺され、病死し、餓死し、毒を飲み自殺した兄弟たち。

 

<わたしに起こった出来事はあなたの命令。>

 

俳優1 神秘の暗黒の世に、「残」という伝説の獣がいた。残は万物の中でもっとも生命力にあふれていた。
俳優5 その昔、わたしのふるさとに「祥」という伝説の鳥がいた。
俳優1 草を喰らい、肉を喰らい、他の生き物を喰らい、同類を喰らう。
 生き延び繁殖するためには自分の兄弟さえ殺し、父母さえ喰らう。
 生きながらえるための極限では、自分の体さえ喰らうことが出来た。
俳優5 ある時、大干ばつが起こり、地面はひび割れ、作物は育たず、何百万人の人々が死に瀕した。
俳優1 ある時、大干ばつが起こり地上から一切の食べ物が消え失せた。
 「残」は自分の体を喰らいはじめた。足先を喰らい腿を喰らう。 しかし干ばつは終わらない。
 手のひらを喰らい、腕を喰らう。しかし干ばつは終わらない。
 胴体を喰らい、肩を喰らい、首を喰らう。しかし干ばつは終わらない。
 残は最後に、自分の頭を喰らいはじめた。
 頭を完全に喰らいつくすと、唇だけがあとに残された。円い円い唇。
 残が死んだあと、固くなった唇は我々の空に高く掲げられた。
 しばしば暗闇から現れて、我々を励まし、我々を導く┄┄┄
 残よ、我々を励ますのだ! 残よ、我々を導くのだ!
俳優5 その時、祥が飛来して、長い首をのばし嘴をひらき、
 よい香りのする清水をあふれさせ、谷間を満たし、小川を満たした。
 それでも干ばつは終わらない。
 祥はふたたび飛来して、首をのばして嘴をひらいた。湖を満たし、河を満たした。
 それでも干ばつは終わらない。
 祥はまた飛来して、首をのばして嘴をひらいた。けれども、もう水は出て来ない。
 すると祥は自分の頭を切り落とし首をさげた。
 体に残った水が流れだし、最後の谷間、最後の小川、最後の湖、最後の河を満たした。
 祥はやせ細った体を起こし、首のない姿で飛び去って行った。
 幸い干ばつは間もなく終わったが、祥は二度と戻っては来なかった。

 

俳優1 家畜になるより狼になれ! 残のごとく永劫に不滅。永劫に生きながらえ、永劫に富み栄えよ!
俳優4 痛めつけられる者は永久に痛めつけられるがいい。痛めつけられよ、痛めつけられよ!
俳優3 滅ぼされる者は永久に滅ぼされるがいい。滅ぼされよ、滅ぼされよ!
俳優2 山になった死体を見たらその一山を焼き、また一山見つけたら、一山を焼く。

 

<わたしたちのよき家族が、なぜ一夜にして家畜に変わったのか、狼の群れに変わったのか?>

 

俳優3 わたしたちはまだ帰れるのか、家に?┄┄┄┄
俳優4 畑と果物のあるところ。
俳優3 穀物があり、弟、妹がいるところ。
俳優2 花と鳥と人とがあり、竈に煙が立ちのぼるところ。
俳優1 祖先をまつる社があるところ。
俳優5 澄みきった水があり、祥のいるあの場所┄┄┄┄
俳優3 家に帰る。
俳優4 家に帰る。
俳優2 家に帰る。
俳優1 家に帰る。

 

<帰る場所はない。ここがわたしたちの家だ。>

 

8.

 

俳優1 楓はもう赤くなるだろう。
俳優2 今日は赤。
俳優4 昨日は緑。
俳優3 明日は白。
俳優5 それから黒。
俳優1 雪は?
俳優2 血、まごうことなく赤。
俳優3 違う、血は紫。
俳優4 違う、黒。
俳優1 違う。血ではなく雪、白い雪花!
俳優5 雪花、すべて赤く染まる。
俳優1 雪が赤く染まった?
俳優3 違う、紫だ。
俳優1 すべて紫に?
俳優4 すべて黒!
俳優2 一面の黒に。
俳優1 ああ、一面の黒。
俳優3 砕かれ、壊され、流され、捨てられ。
俳優4 腐り、崩れ、沈み、溶け去り。
俳優2 放られ、見過ごされ、滅ぼされ、消され。
俳優1 片づけられ、追われ、無視され、忘れられ。
俳優5 そして、すべてが闇に