2008年11月

11月30日

 

ダンス01のスタジオで、「舞人」を名乗っていた舞踏家の五井輝さんを語る会。 スタジオに敷かれたヨガマットに車座になり、talking stoneの要領で小石をまわしながら参加者全員が思い出を語り、聞きあう。 酒も料理も用意されていたが、なによりも三時間あまり途切れることなく、みんなで五井さんを思い続けたこころ暖まる集まりになった。 ぼくにとって舞踏は、作品が胚胎する「未完成」の大切さを教えてくれた愛着のある分野。 「舞踏」=「普通」、であること。

 

11月29日

 

イタリアの演出家、テレーサ・ルドヴィコによる、座・高円寺上演レパートリーのためのオーディション・ワークショップ(四日間)初日。 男女それぞれ、七、八人ずつの俳優が参加。 テレーサは、「これはわたしのやり方で、みなさんの方法とは違うかも知れないが」、と俳優たちに呼びかけながら、舞台に立つ身体について即興的なエチュードを中心に丁寧に確かめていく。 オーディションというせいもあってか、参加した俳優たちの他者への関心や興味が幾分消極的だったのが残念。 四日後の「変貌」ははたして……

 

11月28日

 

今年十五回を迎える大阪のOMS戯曲賞の最終候補作八編を読む。 キャビン戯曲賞から数えると、二十年をこえる長いつき合い。 毎年、簡単なメモを取りながら読み進める関西の新人、中堅の劇作家たちの作品が、いわば鏡になってその時々のぼく自身の「演劇」をあからさまに写し出す。 たぶんそのせいで、自分の作品を書き上げた直後は「寛容」、新作構想(苦戦)中は「不寛容」と、審査基準も揺れているはず。 「不寛容」の今年は、二度読み、三度読みが必須。

 

11月27日

 

木曜日は大学での長い一日。 ドラマツルギーの授業で、「電撃ネットワーク(Tokyo shock boys)」のDVDを見ながら、80年代以降の身体のドラマについて話す。 夜、院の演習では、竹内敏晴さんの「からだを拓く」ワークショップが俎板に。 身体への「異物」感覚、「変化」と名付けられる感動体験など。 表層的な賑やかさにのかげにかくれた、この二十年あまりの身体論の停滞はもっと問題にされていいのでは。

 

11月26日

 

一昨日、昨日と、二日連続の徹夜作業。 酸素不足の脳内はすっかり灰色。 午前中に参加した座・高円寺の家具デザインの会議では、瘋癲老人状態のアレレなふるまいで、デザイナーはじめ、みんなに大迷惑をかけてしまった。 午後からの準備室ミーティングを休ませてもらい、自宅のベッドへ直帰。 夕方遅くの目覚め、爽やかならず……ふん。

 

11月25日

 

デンマークの画家、ヴィルヘルム・ハンマースホイの展覧会をやっている(国立西洋美術館)。 主な主題は、自分の妻と彼女と暮らしたアパートの室内。 注意深く抑制され、そぎ落とされた画面は、その外側に立つ画家自身の「視線」というよりも、世界に向かう「存在の仕方」を強く意識させる。 現実の切り取りではなく、現実と自分とを隔てる壁としての絵画。 100年前の「孤独」の断固としたすがすがしさ。

 

11月24日

 

カーナビはじめ、いたるところ、いたる機会にさまざまな声が親切げに語りかけてくる。 伝えられるのは、大抵はそれぞれのネットワークを経由した電子情報。 「便利なサービス」を装ったそのすべては、もちろん対話ではなく、一方的な指示、命令。 ラジオの深夜番組では、お笑い「芸人」(どこが!)たちが、ライターやディレクターのお愛想莫迦笑いを従えて、聞き手不在の仲間うちのお喋りを垂れ流す。 ネットに集う、取り残されたあてのないモノローグたちや井戸端会議がせめてもの……

 

11月23日

 

宿題が山積み。 ノートにつけている箇条書きが増えていくたびに、「えい、やっ」とわけのわからない気合をかけてみる。 もちろん、「えいっ、やっ」なんぞでは宿題は片づいてくれない。 気を取りなおして、とにかくひとつずつ地道に片づけていこう、と、こちらの宿題に手をつけると、あちらの宿題が気になる。 頭の中はすっかりモグラ叩き状態。

 

11月22日

 

関わっている仕事の関係で、「近未来」を考える。 新エネルギー産業技術総合開発機構という組織から出された、「技術戦略」と題されたパンフレットが参考資料。 2025年を想定した、「エネルギーと暮らし」「都市と交通インフラ」「IT・ユビキタス」「工場とモノづくり」「バイオで医療」という五つのテーマがあげられている。 以前どこかで、ナノ、バイオ、原子力の三つのテクノロジーがやがて人類を亡ぼすという、悲観的な予言を読んだことがある。 はてさて……いずれにしても生来の不得意分野であるのは確かのよう。

 

11月21日

 

高円寺の劇場準備室で、斉藤憐さんをまじえて、大道芸プロデューサーの橋本隆雄さんとオープニング企画についての話し合い。 橋本さんには、世田谷パブリックシアター時代、「三茶大道芸」の立ち上げでもお世話になった。 「三茶大道芸」を育ててきた橋本さんのビジョンと行動力が、高円寺ではどのように花開くか楽しみ。 「変なもの」と「当たり前のもの」のあいだ、という橋本さんの狙いを体現する若手のパフォーマーたちも順調に育ってきているという。 来年五月のゴールデンウィーク、高円寺の街には、どんなびっくりが待ち受けているだろうか。

 

11月20日

 

大学院の授業で受講生諸君と議論しながら、ワークショップでのevaluationの意味について考える。 単純には、ワークショップ参加者自身による「自己評価」や「振り返り」の意味をもつ、最終部分に置かれるactivityとして理解されるが、より積極的に、ワークショップを次のワークショップとリンクさせていくための橋渡しとしての役割を考えてみる必要がありそうだ。 evaluationそのものの方法論、およびその記録法と分析法について、なるべくわかりやすく、共有できる指針の組み立てが目標になる。 来年三月、大学を離れてからの「ワークショップ研究会」について、そろそろ具体的に動き出したい。 その前に、と言うか、そのためには、現在進行中の演劇教育実践報告集『学校という劇場(仮題)』の編集作業と担当章執筆の仕上げを急がないと。

 

11月19日

 

高く晴れ渡った空とすっきりとした日差しの気持ちのいい晩秋の一日。 昼から大学で人事案件の会議二件に出席。 夕方から、修士論文の中間発表会。 待ち時間を利用して明日の講義資料づくり。 帰宅前、西荻窪駅前の喫茶店で、打合せをもう一件。

 

11月18日

 

川に浮かぶ小舟のように、時の流れをただよいながら、ぼんやり日々をやり過ごしていると、いつの間にか「いま」を見失う。 「いま」という時空が失せて、曖昧な「わたし」の身体感覚だけが、不遜にのさばり、「わたし」を支配する。 まるで、アルコールか薬物の依存症みたいに。 かけがえのない「いま」と向きあうための言葉を。 「わたし」という便利な仮面なしに。

 

11月17日

 

牧陽一、他による『中国のプロパガンダ芸術-毛沢東様式に見る革命の記録』(岩波書店、2000年)。 上海での魯迅による青年版画運動など、これまで漠然と理解していたさまざまを、詳細な歴史と「毛沢東様式」という統一概念を指標としながら、明快に伝えてくれる好著。 中でもボアールを思わせる紅軍初期の文工団(宣伝隊)による、「街頭劇」「活報劇」の活動は興味深い。 後段、中国現代アートにおける、ポリティカル・ポップアートから中国キッチュへの変遷を読みながら、あらためて、われわれの国の政治と文化の有り様の特異性に思いをおよぼす。 「鴎座」の活動領域への端緒を求めながら。

 

11月16日

 

「鴎座」第二期上演活動3の企画について、ようやく実現に向けてのラフスケッチがまとまった。 まず、予定している原テキストの翻訳(自分では不可能なので)依頼から。 上演テキストづくりに取りかかる前に、かなりの分量の本を読んでおく必要もありそうだ。 なにもかもひっくるめて、来年夏前までには準備を終わっておかないと。 今度はとびきりやっかいな作業になりそうだぞ、と、ちょっと身構えながら、なんだか嬉しい。

 

11月15日

 

駅前から自宅までの一本道の途中にある古本屋で二冊。 結城孫三郎『糸あやつり』と鈴々舎馬風『会長への道』。 『糸あやつり』は見返しにあった十代目の献呈署名が懐かしく、『会長への道』の方は、何冊かまとめ読みした家元はじめ立川流の頭の良さそうな噺家さんたちの書き下ろし本に、いささかお腹がいっぱいのせいか。 そういえば、このところ寄席にはとんと無沙汰だが、「禁断症状」の気配がない。 何故だろう。

 

11月14日

 

木曜日は終日、大学。 講義や、卒論・修論指導、そのほかいろいろ、一限(8時50分開始)から七限(21時修了)までの長丁場だが、毎週、楽しみな一日でもある。 学生たちとの触れ合いはもちろんだが、四季の移り変わりを実感できる、自然に恵まれた環境での一日からも、得るものは多い。 いまの季節だったら落ち葉。 拾い上げて眺めたり、足で踏む音を楽しんだり。

 

11月13日

 

「五行日記」をここに引っ越します。 どういう訳か、プログとはなんだか相性が悪かった。 訪問メッセージも、「コメント」よりはやはり自由な掲示板がいい。 文字通りの三日坊主です。 この三日間のブログでのひとり相撲というか、悪戦苦闘の様子は、右側の頁に写しておきます。 (早速、コメントをいただいた素太風呂さん、しるびあさん、ありがとうございます。ブログ閉鎖で折角のコメントが消えてしまった。ごめんなさい)

 

11月12日

 

「あちこち不格好だがそこそこ手作り感のある家(ま、「ホームページビルダ-」のお世話にはなったけど)」から、「見栄えはいいけど個性はあんまり」な建て売り住宅へ引っ越したような気分、と、まだまだリニュアールしたてのサイト環境へのとまどいがある。 何よりもブログページがきちんとサイトに埋め込めず(技術と知識不足のせいと思います)、見た目のリンクしかしていないのが、正直な話、「なんだかな-」の気分。 ともあれ、お気づきのことなどあれば、是非、ご感想などいただければ……(って、はて誰に向かってのお願いだろう?)。 なるほど。 このお喋り文体が、ブログならではの危険な「罠」であるような。

 

11月11日

 

味噌汁と納豆の朝食から、いきなりアメリカンブレックファーストに変わったような、などと、埒もない連想に思いをめぐらせてしまうのは、小さな重箱に文字を一字ずつ詰め込んでいくような「120文字」の世界が、自分でも結構気に入っていたせいに違いない。 こちらにも一応は「一日五行」という縛りをかけてみたものの、文というのはどこまでも引き延ばし可能なわけで、それこそ石川淳や野坂昭如の文体模写でも用いれば、そこそこの短編小説の分量にだってたどり着けそうだ。 まあ、そこまでいかないにしても、形式が変われば文体や気分の変化も当然で、ここでの嘘のつき方や内容やにもそれなりの影響は、確実にあるに違いない。 なんてね…… 気まぐれ亭主の気まぐれモノローグ、これまで通り、よろしくお付き合いのほどを。

 

11月10日

 

「鴎座」サイト、リニュアール。 季節外れの衣替えにふさわしく、さらなる遊撃戦を楽しもう。 というわけで「120文字日記」も「五行日記」に変身。 あわせて、これまでの「dialogue(BBS)」をしばらく休止して、ブログ形式の「comment」への書き込みをお待ちしてます。 それはそうと、「新しい革袋に古い酒」って、いいことだっけ? それとも……