1.

太平洋戦争敗戦の二年前、一九四三年(昭和十八年)八月二十三日、東京(新宿区諏訪町)に生まれる。

疎開先の静岡県伊東の家で、空襲警報が鳴って、押し入れの中に隠れた記憶が鮮明に残っている。
襖の隙間から覗くと、明るい日差しの縁側に、ひとり碁盤に向かう祖父の姿が見えた。
やっとよちよち歩きが出来るか出来ないかの頃の話しで、もちろんまだ、尻にはしっかりオムツを当てていたはずだ。
風呂場にあったライオンの頭をかたどった陶器製のカランとか、近所に住んでいた炭焼きの「ぼうぼう爺」とか、その孫娘(ぼくより四、五歳は年長だったろうか)と鶏小屋にもぐり込んで、羽根と糞とにまみれて遊んだママゴトとか、伊東での記憶はいくつも思い出すことが出来る。
あとになって、どれもが事実であったことを母親に聞いて確かめた。
記憶といっても、ほんとうはその後かなりの歳になるまで、それらの情景がもとになった夢を繰り返し見たせいだろう。

夢と現実とを厳密には区別しない(出来ない)という性癖は、たぶん生まれながらのものかと思う。


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