月31日

『リア』初日。満員の客席。「毎日、同じことはくり返さない」という演出方針を、三人の出演者がよく理解し、実践してくれたおかげで、初日のこわばりのない、瑞々しく、しなやかな舞台が実現した。終演後の拍手に、たしかな手応え。やれやれ、ひと安心。終演後、三階カフェで、初日と劇場開館五周年を祝う小宴。
(6月1日、2日、日録の更新を休みます)
 


月30日

『リア』舞台稽古のあとベトナム研修生の発表会。三カ月間の日本滞在のうち、約三週間のプログラムを座・高円寺で過ごした。発表は生田萬さんによる全十回のワークショップのショウケース。協力参加のアカデミー生ともども、生田マジック全開の楽しい発表会となった。劇場スタッフの協力に感謝。


月29日

憂鬱になるなよと自分に言い聞かせながら、毎朝、新聞やネットのニュースを読む。報道の客観性などはなから信じてはいないが、ひとりひとりの人間の誠実さや善意への信頼は失いたくはない。出来事や論評をつづる文のどこかにその片鱗が隠されてはいないか。広告代理店経由の売り言葉にさえも。 


月28日

『リア』テクニカルリハーサル。俳優たちが稽古場でつむいできた劇と、舞台、照明、音響、映像その他のスタッフワークとの結び合わせ。美術プランナーの島さんは絵の具とハケを持って置き道具の椅子に微妙なタッチをつけに走り、舞台監督北村さんは手作りのチャイムをそっと取り出す。初日まであと三日。


月27日

『リア』劇場稽古。このところ、何度か一緒に仕事をしている飯名尚人さんの作業がいい感じ。プロジェクター性能の向上とマッピングの手法が自由に使えるようになって、ライブパフォーマンスと映像とのあたらしい係わり方に向かって、飯名さんは、映像作家吉本直紀さんとともに心強い協働者のひとり。


月26日

『リア』劇場仕込み日。座・高円寺2から座・高円寺1にかわり、昨年と同じ舞台装置の迫力が倍増。座・高円寺1の高いタッパのせいもあるが、空間全体の「仮設」感が島次郎さんの重厚なデザインを引き立てているように思う。昨日の稽古で確認した「今年の美佐子さんは凄い」にふさわしい空間になった。


 
月25日

稽古場での最終稽古。出演者それぞれの新しいプランの歯車が噛み合って、一挙に劇が立ち上がった。とりわけ今年の美佐子さんは凄い。男女のフィルターを超えて、リアというにんげんそのもののこころの叫びを、一瞬のゆるみも遅滞もなく吐き出しつづける。正確な言葉を支える柔軟なこころと体! 


月24日

そうなんだ、死後の世界が心配なのだ。ことにこの国の未来が。自分はもういないから、では片づけられない。いないからこそ、いま、ここで何とかしておかないと。歴史の悲惨、近隣の人びとへの奢りを絶対にくり返すな。戦争のない時代を生きて懸命に修復してきた小さな営みを無駄にするな。 


月23日

『リア』通し稽古。全体の見通しが大分はっきりとしてきた。出演者には「わかりやすい劇」よりも「見やすい劇」を期待。並行して、シェークスピアの言葉を借りながら、冒頭から終幕まで小さな地雷や時限爆弾を仕掛けていく作業。美佐子さんの作品への愛情、渾身の演技に応えるためにも。 


月22日

夢は五臓の疲れというが、このところ目覚め直前の奇妙な夢が面白くて仕方がない。天井からコールタール状の黒い液が垂れつづけている部屋とか、怖くないはないが悪夢といえばまあ悪夢のつづきで目をさます。普段の感覚がゆっくりもどってくる時の、なんとはなしの「残念」感がおかしい。


月22日

『リア』、再演稽古。劇場レパートリーとしてひとつの作品を繰り返し上演しながら育てていく取り組みは、黒テント時代の『鼠小僧次郎吉』、『喜劇昭和の世界』、『ヴォイツェク』、『逆光線玉葱』と、身についたひとつのスタイルでもある。上演ごとに一段ずつあがっていくハードルが、厳しくもあり醍醐味でもある


月21日

5月21日、とりたてて特別の意味のない日付。いまから78年前、1936年のこの日の記録を中国全土から募集して作家茅盾らが編纂した一冊の文集がある。それにならって、来月、北京で若い演劇人たちと、今日一日をつづった文を持ち寄って劇をつくる。というわけで、今日は一日、スマホで画像メモ。


月20日

北京出発まであと20日間、背骨をしゃんとのばして作業に集中。31日の『リア』再演初日をはさんで、同時進行中の懸案が三つ。どれもが僥倖のような「与えられた機会」ばかりだ。慎重、かつ大胆に取り組んでいきたい。あわせて座・高円寺のアカデミー生たちとの日々。是、まさしく五兎を追う者也。 


月19日

家から歩いて行ける店を、パートナーとともに順繰りに偵察、食べ歩きしな気づいた。最近、ことに客足が多く予約の必要な人気店の料理がたてつづけに「あれっ?」。評論家でも食通でもないので、ようするに個人的に口にあわなかったのだが、日本人の舌の好みにいつの間にか大きな変化が? 


月18日

『リア』稽古場に顔を覗かせた渡辺えりさんに、「日本を脱出したくなっちゃったよ」と愚痴をこぼした。昨今の政治・社会の動向に、つくづく気を滅入らせている。ほんとうに国を捨てるつもりもないし、この程度で動揺している不甲斐なさにちょっと呆れるが、それにしても不気味な地鳴りが聞こえるような。


月17日

秋山聰『聖遺物崇敬の心性史』(講談社選書メチエ)。出版直後(2009年)に著者から贈呈されて流し読みしていた本の再読。聖人の遺体、遺骨などを聖遺物としてアピールするための建築や装飾が、キリスト教社会でどのように発展、継承されてきたか。初読では及ばなかったメディア論としての面白さ。


 
月16日

出来れば取り上げないようにしている話題だが、2014年5月15日は記録し、末永く記憶にとどめておくべき日付となるだろう。暗愚の宰相を神輿にのせてかついでいるのはまぎれもないわれわれ自身。眼前の光景は戦後(レジウム)の「終焉」などではなく、完璧なる「達成」であることに戦慄しなければ。 


月15日

自作自演出の欠点というか陥りやすい罠のひとつに、演出家の恣意的なテキスト変更がある。稽古場が快調であればあるほどその傾向は強い。というわけで、二年目の今年、『リア』ではあらためてのテキストの精読をこころがけている。言葉の向こう側の自分との対峙は「蝦蟇の油」のガマの心境。 


月14日

突然、夏の真っ只中。というわけで、のばしのばしにしていた夏物冬物の入れ換え。整理の度に、鞄と同じく、同じようなものばかりを繰り返し購入しているTシャツ、ズボン、上着などを見てため息をついているのだが、一向に改善されない。例外は、母が編んだいずれも年季物のセーター六枚。


 
月13日

久留米からの帰路、明日から稽古が始まる『リア』予習。座・高円寺のレパートリーとして二年目の上演。とにもかくにも、出演者三人の『リア』という構想の実現に大童だった前回から、今年はもう一歩、出演者とともに内容を深めたい。生田さんと苦労して編んだテキストは、ふーむ、謎だらけ。 


月12日

アカデミー開講当初、研修生と共に出来ていたウォーミングアップのメニュー、鏡に写してみると、全身の運動が主観とはほど遠い動きしか実現できていない。最近、時々ふいに訪れる「踊りたい!」という衝動はたぶんこのせい。動けなくなりそうな体が放つ悲鳴か、それとも受け入れのための儀式か。


月11日

月一回の久留米出張。北海道の名寄などとあわせて、久留米にも黒テント以来の不思議な土地との縁を感じる。小さな路地に餃子、焼きとり、めん類などのB級グルメの名店が点在する都心部と豊かな自然環境が隣接する魅力的な中規模都市。与えられた機会に、果たすべき役割は大きい。


月10日

夕方、日仏会館へ。演出家パトリス・シェロー追悼シンポジウム「二十世紀の演出家の時代」。渡邉守章さん、アルトー研究者坂原眞理さんとともにパネラーをつとめる。参加者はすべて日仏演劇協会の会員。年長から若手まで多士済々の専門家を前に、苦闘二時間。仕掛け人佐伯隆幸を恨む。 


月9日

オペラ台本、五度目の仕切り直し。終日、資料の読み直しとノートづくり。遥か南の地で、呆れ果てて苦虫を噛みつぶしているに違いない作曲家の姿が頭からはなれない。ほんとうに申し訳ないが、目下、想像上のその存在だけが唯一のメルクマールでもある。日に日に上がるハードルもたぶんそのせい。


月8日

永井荷風『江戸芸術論』。鈴木春信の錦絵頌。「春信は自ら役者似顔絵は描かずと称し、専ら美人を描きまたこれに配するに美貌の若衆を以てせり」。井戸を覗き込む前髪姿の少年と振り袖姿の少女の図の過不足ない描写につづけて、「余はマアテルリンクの戯曲『ペレアスとメリザンド』を想起せり」!


月7日

打ち合わせでサントリーホールへ。久しぶりの音楽関連の仕事で、演出助手の恵川智美さん以下、懐かしい顔何人か。数日間原稿書きで家に家にこもっていたせいか、地下鉄車内や溜池のアークヒルズ周辺の風景がいつになく新鮮に感じられる。ことに、帰りがけに渋谷駅の渡り廊下から見下ろしたハチ公前交差点は、いまさらながらまるで悪夢。


月6日

三カ月ほど、毎日、頭の中で反芻しいる森がある。行きつ戻りつさまよっているうちに、周囲はもう五月だ。一日のうち想像の森を生き生きと行き来出来る時間、ようするに創作に集中できる時間は以前にくらべるとずい分短くなってしまったようだ。でもひたすらに歩みつづけなければ。


月5日

朝、地震で目を覚ます。震度4。ニュースで確かめると震源は大島近く。震源が深いため余震の心配はそれほどないと解説者。このところの飛騨の群発との関連もきっぱりと否定。仕事で集めた沖縄の民話に、思いの外、津波にまつわる言い伝えが多いことに気づく。地震群島の民俗学をあらためて。


月4日

心地いい陽射しにさそわれて、事務所に置き忘れた資料をとりに自転車で劇場まで。帰りがけ、啓子に頼まれたサラダ用の野菜、自分用の焙煎したての珈琲豆などを購入。都合二時間ほどのサイクリング。あたらしい酸素をからだに取り込み、昨日の手書きをPCに打ち込んで原稿書き続行。 


月3日

原稿書きをPCから手書きに変えてみる。昔の感覚がよみがえりちょっと楽しい。語彙や文体への影響も少なからずあるような気がする。というか、孤独な独房作業の印象がつよいPCとくらべて、手書きは周囲とのからだのつながりの感触が絶えることがない。明日はPCに戻るとしても収穫の多い気分転換。 


月2日

渋谷のギャラリー「アツコ・バルー」。開催中の演劇ポスター展トークイベント。デザイナーの及部克人さんと。ふだんあまり触れることのない、アジアとの出会いを通して新しい活動スタイルを模索していた80年代初頭の黒テントを中心に。ひとつのはじまりの萌芽がたしかに存在していたのだが。


月1日

木曜日は劇場暮らし。なぜか毎回、「慣れてはいけない」と言い聞かせている自分がいる。座・高円寺も開館から五年目。そろそろ例の「次へ!」の悪癖がムラムラ頭をもたげてきそうな気配。それはそれとして、この劇場でまだやれていないことは何か。次の五年に向かっての見取り図づくりだけは。