6月30日

仕事の合間に、CDで、このところ日課になっている志ん生を一席。

演目は『芝浜』、その真骨頂に納得。

病以前の志ん生の軽快な口調で描き出されるのは、春を迎える準備を整えた大晦日の庶民のはればれとした心境。

生活の中の「禊」としてさらりと演じられる噺の心地よさ。

落語「業の肯定」論の袋小路は、結局、数多のパフォーマンススタディが陥るオーディエンス不在の観念論にある。 


6月29日

新聞やネット上で、毎日、暗澹たる思いにかられる記事に出会う。

大学当局が学内に交番設置(新聞記事)とか、休日に名古屋市役所すべての窓に日の丸の小旗が飾られている異様な光景(ネット画像)とか。

都の教育委員会による一部歴史教科書の排斥、それについての都知事コメントにも、「ったく! トンチキ奴!」と犬の遠吠えのような悪態を吐かずにはいられない。

首筋に冷たい滴がぴしゃっぴしゃっとあたる心地。

滴が刃に変わる日が、もうそこまで来ているのは確実。


6月28日

書斎の片づけ。

山のような書類を分別して約三分の一ほどに圧縮。

どーでもいいものは明日の古紙回収に出し、あとはシュレッダーで廃棄処分。

要注意分は自宅機で数枚ずつ、残りは劇場事務所に運び高性能機で一気に片づけよう。

子ども時分、一枚の紙はあんなに貴重品だったのに。 


6月27日

アカデミーⅣ期生「前期演技ゼミ」授業。

7月に発表するソロパフォーマンスのワークインプログレス。

「演技ゼミ」は開講五年目の今年、俳優ひとりの「個性」と「つくる力」養成のために授業シラバスを大幅に見直した。

生田萬さんが担当している「前期演出ゼミ」とも連携して、研修生自身による作品づくりの機会を増やす。

発表された八本の小品が、例外なく一カ月前のプレゼンテーションから大幅な進展を見せていることに安堵と期待。


6月26日

久しぶりの座・高円寺。

アカデミーⅤ期生の授業。

課題テキストはムロジェックの『大海原』。

研修生たちの集中力にたいして、今日はあきらかに講師側のパワー不足。

二週間の長旅疲れというよりは、旅のあいだの喋り(「講演」)疲れだな。


6月25日

午前中、ホール設計者との打ち合わせ。

午後、市役所職員研修会の講師。

名寄での仕事を終えて、役所の車で旭川空港まで1時間半のドライブ。

途中、助手席の窓をあけて、青空の下、はるか残雪の日高山脈を遠望するいかにも北海道らしい広大な風景を深呼吸。

二週間におよぶ旅暮らしのフィナーレ。


6月24日

名寄では新しく出来る市民ホール計画のお手伝い。

名寄市は杉並区の友好都市ということもあって、いわば座・高円寺の延長線上にある作業ともいえる。

午前中から午後にかけて、近隣の士別市朝日町サンライズホール、美深街COM100を見学する。

旧知漢幸雄さんが館長をつとめる定員300のサンライズホールは、20年間の個性的な演劇活動の痕跡を、館のそこここに残している。

夜、名寄に戻り企画委員の公募に応じた市民との意見交換会に出席。


6月23日

昼、都議選投票のあと羽田発。

旭川経由で北海道名寄市へ。

六月長旅の最後の行程。

夜、市立の天文台を見学。

300ミリ天体望遠鏡で雲間のストロベリームーンを鑑賞したあと、デジタルプラネタリウムで宇宙と生命の誕生についてを学ぶ。


6月22日

789芸術区で展覧会をはしごのあと、夕方、北京発。

帰りの機中では、志ん生の人情噺『(『牡丹灯籠』『『江島屋騒動』など)をCDで。

自在、軽快な語り口とともに、噺の世界そのものへの演者の愛着の深さ。

印象的だったのは、大人たちの声に混じって時折聞こえるいかにも楽しそうな幼い子どもたちの笑い声。

ひと時代前の寄席というメディアの奥深さをあらためて。


6月21日

Penghao Thetre主催の、中国各地の独立系劇場、劇団、演劇活動についてのフォーラム、第一日目に参加。

北京、南京、上海、広州など10地域から30人ほどが集まり、それぞれの現状を報告。

途中、特別プログラムとして日本の「70年代の小劇場運動」について一時間ほど話す。

夜、劇場主宰者の王さん、フェスチバル・スタッフ、啓子、通訳の伸江さんとともに、劇場屋上のテラスで夕食。

四合院の木立からの気持ちのいい風に吹かれながら、おしゃべりが弾む。


6月20日

北京ワークショップ、最終日。

会場を地区の文化施設から、フェスチバル運営主体のPenghao Thetreに移動。

午前中舞台稽古のあと、14時からショーケースを上演する。

同じ空間設定、同じテキストから発したそれぞれまったく異なる、五組の個性的なパフォーマンスが出来上がった。

終わって、劇場のカフェから延長した屋上のテラスでゆっくりと車座エバリエーション。


6月19日

作品づくり、二日目。

ウォームアップ、ゲームのあと、新しく組分けした5グループで作業開始。

午前中1時間、午後1時間の打ち合わせ、リハーサルで、午後2時半から試演発表をおこなう。

5グループとも、正味2時間半の慌ただしい準備とは思えない手応え。

ファシリテートしていて感じたのは、集まった若い演劇人たちのしっかりとした専門家意識と共同作業の的確さ。


6月18日

北京ワークショップ二日目。

今日から三日間、ダニー・ユンの「one table tow chairs」の空間とぼくのテキスト「駅」を用いた作品づくりに入る。

あわせて、おそらく北京でははじめてのファシリテーター・ワークショップを参加者に体験してもらおうという欲張ったシラバス。

20人ほどの参加者の技量と集中力のおかげで気持ちよく進行した。

昼食時の芸術雑誌の取材、ワークショップ参加者との質疑など、中味のある率直な対話がうれしい。


6月17日

今回の北京行きは、中国最初の民間小劇場といわれるPenghao Thetreが運営する、第四回BAIJING NANLOUGHIANG PERFORMING ARTS FESTIVAL(2013年5月3日-7月30日)からの招待。

昨夜案内されたPenghao Thetreは、戯劇院前の四合院を改造したカフェつきの小劇場。

オーナーの王翔さんは本業は歯医者さんにして、演劇の理想を熱く語る熱血漢。

彼の周囲に集まった、若く、クレバーな演劇人とともに、今日から四日間のワークショップが始まる。

第一日目は、日本の現代演劇についてのレクチャーと、同行した啓子がファシリテートする「身体調整」ワークショップ。


6月16日

昼、羽田発CA。

夕方六時過ぎ、五年ぶりの北京。

宿舎は中央戯劇学院近くの、旧胡洞の雰囲気を残す一帯にある古い四合院ホテル。

ロケーション、雰囲気ともいい感じ。

夜、交流基金北京事務所主催の夕食会。


6月15日

早朝、久留米発。

明日の北京行きを前に24時間の東京トランジット。

荷造りと、ワークショップ、レクチャーの下準備。

そうか、今日は6月15日かぁ。

53年前、16歳┄┄間違いなくあの夜がすべての始まりになった。


6月14日

久留米。

夕食後、いつものジャズ喫茶モダンへ。

黒テント時代のオルグ(!)於保さんがカウンターに。

久留米に来ているのを知って、網を張って待っていてくれたらしい。

近況やら懐旧やら、二時間ほどお喋りいろいろ。


6月13日

朝、中型のスーツケースを引きずって劇場へ。

アカデミーの授業を終えたあと羽田空港。

久留米二日間、北京一週間、名寄三日間の旅烏のはじまり。

羽田-福岡の機内、福岡-久留米の高速バス車中と、道連れはCDウォークマンで聞く、名古屋大須演芸場収録の志ん朝。

気分はジャズのイージーリスニングに似て。


6月12日

帰宅後、啓子とDVD鑑賞。

王兵監督『無言歌(原題 The Ditch)』。

たしか2011年の製作だから、いささか遅まきながらの感想になるが、監督の衒わず、かつゆるぎのない映像演出力が見事。

1960年代の中国で、「百家争鳴」後に荒れ狂った反「右派」闘争の犠牲者たちの姿を描く。

過酷な作品主題を支える「温かみを貫く」人間洞察に共感。


6月11日

劇場事務所。

ここでもまた、デスクのPCオンから一日が始まる。

この先、十ヶ月あまりのスケジュール整理。

整然と整理されたスケジュール表があっと言う間に出来上がる。

ただし、美しく色分けされたカレンダーと時刻表に中味はまだなにもない。 


6月10日

終日、自宅作業。

lいつの間にか、朝、自然に書斎のPC電源を入れる習慣が身についてしまっている。

当然のように、メールやソシアルネットワークをチェック。

いろいろ便利になったことは多い。

しかし、すべてが本当に必要としていた便利さだったかは疑わしい。 


 
6月9日

梅雨入りを告げられてから、それらしい日となかなか出会わない。

毎年記しているが、しとしとと雨のつづく日々、昔からそんなに嫌いではなかった。

大地への慈雨はまた、都会暮らしの身に精神の適度な湿りを回復する恵みでもあった。

一気にすべてを洗い流す夕立の爽快さとは別の長雨の趣。

床の間の軸を掛け替える。 


6月8日

古来稀なる年齢に到達した年に鑑み、十ウン年ぶりで小学校同窓会へ出席。

30人ほどが集まり、懇親。

女性たちはおおむね率直に自己を貫き、男性たちはさまざまな屈折を心身に刻む。

自らに問う。

身につけるべき「社会性」とはなにか、問われる「歴史意識」とはなにか。


6月7日

秋の「鴎座」上演活動、啓子との協働ピースの二回目の稽古。

共演者の田村義明(元黒テント。タム)、制作の手伝いに名乗りをあげてくれたアカデミーⅢ期を卒業した田中ゆかり、もうひとりドラマトゥルクをお願いした長島確さんが顔を揃える。

これまでのワークインプログレスとは異なる空間設定でのはじめての稽古。

啓子とタムとともに、ト書きだけではなく今回は発語されないテキスト全体の読み込みも大きな課題。

長島さんが持参したベケット本人の演出ノートに記されていたピース分割を知る。 


6月6日

アカデミー授業。

二年目のⅣ期生「演技ゼミ」の前期はソロパフォーマンス。

先週の四人にひきつづき、別の四人の作業課程を確認し、参加者全員でサジェスチョン。

構成・演出をふくめてすべて自分ひとりで取り組むソロパフォーマンスは、「演技ゼミ」でははじめてのこころみ。

ひとりひとりの発想、表現の個性の自覚とともに、「つくる」エナジーそのものをもっともっと。 


6月5日

アカデミー授業。

一年目のⅤ期生「演技基礎Ⅰ」はせりふおぼえの「技術」について。

せりふおぼえをあえて「技術」化することによって、演技の基本にかかわるさまざまが面白いように浮かび上がってくる。

自分にとってはコロンブスの卵のような発想だったが、実践を重ねるうちにひとつの確信になった。

課題に真面目に取り組んだⅤ期生たちの「ハムレット」「ロミオとジュリエット」からは、たったいまそこで生まれた新鮮な言葉の様相をいくつも聞き取ることができた。 


6月4日

帰京。

途中、真鶴半島に寄り道して突端の三つ岩まで。

六月の緑を満喫した休暇の静かなフィナーレ。

今月はこのあと、久留米、名寄出張に加えて、北京でのワークショップ一週間が控えている。

うかうかしているとあっという間に七月だろうな。


6月3日

秋の「鴎座」上演活動にむけて、「極私演劇宣言」の構想を整理する。

いま、なぜ演劇なのか。

演劇で何を伝えようとするのか。

誰に向かっての演劇なのか。

何よりも問いたいのは、いま、演劇とは何か。


6月2日

雨の天気予報がはずれ、好天。

本も読まず、まとまった考えもせず、ただひたすら無為に過ごす。

啓子の庭いじりの手伝いを少々。

長年聞き込んで愛着のあるスピーカーに小型アンプをつなぎ、CDを試聴。

Harbethらしいバランスのいい柔らかな音色が心地いい。


6月1日 

山籠もり。

天候に恵まれた穏やかな一日。

木立を吹き抜けてくる風の清涼感。

夜、地元の蛍祭見物。

闇の中、明滅するひそやかな命の灯。