10月31日

午前中、上海に移動。

現在、建築中の上演会場の下見。

鉄骨が組みあがり、床打ちも完了。

この時期に空間のスケールを確認出来たのはありがたい。

南京での最終的なテキスト変更が、想像していたよりは小振りにまとまった空間にうまくはまりそう。

10月30日

南京、最終日。

今回のワークショップの成果をダニーと検討。

どんどん贅肉をそぎ落とし、出来るだけシンプルなかたちを目指す方向で意見が一致する。

夜は今日から合流した作曲の服部隆之さんもまじえて、崑劇を観劇。

京劇とは持ち味の違う、繊細な情感の味わいを堪能。

10月29日

ワークショップ、二日目。

子どもたちには小舟を漕ぐ仕種をしながら好きなうたを歌ってもらう。

まだ大半が前歯の生え揃わない七歳児たちが見せる、無心の表情の多彩さ、豊かさ。

大人の俳優たちは、同時進行で、一昨日まとまった最終稿をもとにダニー・ユーンが場面を試作。

力強く、かつ繊細な崑劇スタイルの歌唱の魅力。

10月28日

終日崑劇院で、出演予定の俳優、子どもたちとそれぞれ導入のワークショップ。

候補メンバーの質の高さと作業への関心を確認し、ひと安心。

越えるべきハードルは今後次々にあらわれるに違いないが、まずは順調な始動か。

夜、舞台監督の北村さん、演出事務の高宮さんとささやかな舟遊び。

河畔のライトアップの規模と洗練された演出プランを楽しむ。

10月27日

午前中、ホテル周辺を一時間ほど徒歩で散策。

途中で小さな文房具を見つけ、明日からの子どもたちとのワークショップに使う紙、その他を購入する。

午後、崑劇院で、ダニー・ユーンと台本の最終手直し。

直接面談の打合せはテンポよく、かつ濃密、かつ延々。

衣装打合せを含めて19時近くまで。

10月 26日

南京、初日。

南京崑劇院で、出演予定者と初顔合わせ。

共同演出のダニー・ユーンがあらかじめ進行してきたワークショップの発表を見る。

その後、今回の作品への取り組みと今後の進行についての質疑応答と討論。

若い俳優たちの率直な反応に手応え。

10月25日

朝、成田から上海。

上海からは列車で南京へ。

JRの技術援助で開設した新幹線で二時間余。

平均時速180キロほどだが、横揺れもなく乗り心地はすこぶるいい。

高低差なし、どこまでも真っ直ぐつづく線路が印象的。

10月24日

終日、自宅。

明日からの南京、上海行きの準備など。

夜、TVでシルビア・ギエムのドキュメン・フィルムを見る。

ルパージュとの新作のリハーサル風景など。

南京での香港の演出家ダニー・ユンとの共同作業への刺戟と期待。

10月23日

午後から、座・高円寺でアカデミー一期生の研修発表会についてのプレゼンテーション。

半年間の研修を経て、それぞれの個性が際立ってきたのと同時に、成果の確実な蓄積をうれしく確認。

彼らの将来にたいする責任を痛感。

彼らの中から、ひとりでもふたりでも、現代演劇の「改革者」的担い手が生まれてくれれば。

夜、劇場で、双数姉妹『ソビエト』(作/演出 小池竹見)、観劇。

10月22日

イスラムでは聖職者が下すファトワー(教義判断)が重要な意味をもっている。

ファトワーはある行為がシャリーア(イスラム法)にのっとっているかどうかについての判断を法解釈によってあたえられる「お墨つき」だ。

民間人を巻き込む自爆テロなども、このファトワーによって正当化されているらしい。

もちろんシャリーアは殺人も自殺も認めていない。

矛盾を言葉にしない(跡に残さない)テクニック(現世主義)と、あえて言葉にするテクニック(イスラム)との正否ははたして?

10月21日

ごくたまに(そう、一年半に一回とか)、「切れる」ことがある。

自分の感情を押さえきれずに、そのまま相手にぶつけてしまう。

誰でもそうだとは思うが、「切れた」あとの自分の感情(後味の悪さ)との折り合いがなんともやっかいだ。

ったくと……日誌に愚痴をこぼしてみたが、どうやらますます滅入りそうだ。

ま、人間だから仕方ないかなどと、月並みなぼやきで逃げきれるはずもなく。

10月20日

ローレンス・ライト『倒壊する巨塔』(白水社)上下二巻。

著者はアメリカの作家、シナリオ作家。

膨大な資料と関係者インタビューを駆使して、アルカイダを中心に9.11の直接的な背景を描くドキュメント。

興味深い読書ではあるが、実際の事件を素材にした「高度なエンターティメント」という割り切れない感触も終始つきまとう。

もしかしたら、著者ではなく、読者/自分自身の姿勢、視線のせい?

10月19日

終日、自宅作業。

香港のダニー・ユンとの協働作業用台本をまとめる。

ダニー・スタイルの10秒刻みの進行表に、照明、音響、、映像、舞台、その他を割りつけていく。

執筆というよりは、映像の編集作業のよう。

撮り残しの多い貧弱な脳内フィルムに舌打ちしながら。

10月18日

「演劇」が自明なものではなくなったという感覚。

傍目からは、おそらく「何をいまさら……」というほどの、それこそ自明な感覚なのだろう。

しかし、折りにふれて、「演劇」を選んだ経験がないとか、ものごごろついた時から「演劇」の側にいた負い目、などと、繰り言めいた物言いをしていた身にとっては、いささかやっかいな局面であるのは間違いない。

「演劇」への自由か、あるいはまた「演劇」からの自由か。

いずれにしろ、以前から確信的なアマチュア志向だけが、いまのところ唯一の手がかり。

10月17日

午前中、歯医者。

下顎左奥歯に冠をかぶせ虫歯治療がようやく終わる。

大分以前からの治療だったが、途中何度かの中断、放置を経て歯医者三代目でようやく完了。

歯医者巡りの度にほめられた、他に虫歯なしの丈夫な口中(歯並びは悪いけど)を大事にしなければ。

歯医者を出て、記念のもり蕎麦を食す。

10月16日

午後から、座・高円寺。

来客三件。

近隣の小学校長と「あしたの劇場」事業について、名古屋の世界劇場会議理事長らと来年の会議の下打合せ、日生劇場の高嶋さんから紹介を受けた芸大生から卒論用にオペラ演出についての取材。

その他、劇場スタッフとの打合せいろいろ。

来年度予算用の下作業を終える間もなく、そろそろ再来年事業の構想に取り掛からないと。

10月15日

劇作家の平田オリザさんが内閣官房参与(文化を中心に国際関連、情報発信について首相に助言)に就任の報。

前から噂は聞いていたけどとうとう……

劇場や演劇の環境変化にもいずれ大きな影響があるだろう。

何はともあれ「変化」に賛成。

ただし、あたり前だが、肝腎なのは「変化」によって生みだされるもの。

10月14日

諸事情で初日が予告より六日遅れた黒テントの『ショバロヴィッチ巡業劇団』、マチネーを観劇。

現黒テント代表の宗重博之が、昨年の研修でおもむいたベオグラードで見つけてきたセルビア現代演劇を代表する作品のひとつ。

演出のフランス、オランジュの演出家プロスペール・ディスとは、1995年にアヴィニョン演劇祭で出会って以来の交流。

ストラスブルグの演劇学校の良き演劇教師でもあった彼の手堅く丁寧な演出は、黒テントの若手俳優たちにとっていい経験であったに違いない。

プロスペールの揺るぎのない「演劇」への確信がまぶしい。

10月13日

大分以前から頼まれていたシャンソンの訳詩をようやく終える。

プレヴェールの『心の叫び(Cri du coeur)』など、ピアフのレパートリー三曲。

語るように歌われるフランス語相手に、楽しんだり、苦しんだり。

原詩の格調に及ぶべくもないが……なんとかかんとか。

作業中、その昔通った「銀巴里」の歌い手の顔やそこで聞き覚えたセンチメンタルな歌詞が次々に思い浮かび、ほろ苦い。

10月12日

自宅作業の合間、小休憩して散髪に行く。

シャンプーなし、掃除機仕上げの1000円バーバーを卒業して、シルバー割引1570円のご近所床屋。

シャンプー、顔剃り、鼻毛切り、マッサージつき。

久しぶりの5ミリの丸刈り。

仕上がってみると鏡の向こうに東条英機が(!)。

10月11日

気持のいい秋晴れの一日。

昼過ぎ、自転車で座・高円寺へ。

劇場製作の一作目、『旅とあいつとお姫さま』の東京千穐楽。

テアトロ・ギズメット(イタリア)のテレーサとともに、俳優たちが本当にいい作品をつくってくれた。

暴力へ逃避する者へのテレーサの真摯なメッセージに救われた子どもたちが、きっと何人もいたに違いない。

10月10日

このところ、「鴎座」のひとり総会を断続的につづけている。

今年12月二予定していた3回目の上演活動を断念して以来、次の一歩の方策がなかなか定まらない。

サイト立ち上げから、『ハムレット/マシーン』『ダントンの死について』とつづけてきた作業への確信はある。

より「過激」に、より「小さく」という方向性にも迷いはない。

唯一の相談相手、「もうひとりの自分」の到着を待ちながら……

10月9日

自宅作業日。

机まわりの片づけから始めて、伝票整理、その他いろいろ。

秋から年末にかけての、書き物、読み物への準備作業。

調子の悪いレザープリンターの調整が明日に残る。

プリンターから打ち出すはずの「文字群」もまた。

10月8日

台風一過。

雲ひとつない青空。

ただし、陽ざしの勢いがいまひとつ。

夜になり、星の見えない漆黒の空。

都会の空気、人工光線フィルターの威力をまざまざと。

10月7日

大型颱風接近の報。

更夜、激しい雨音を聞きながら漠然と思いをめぐらす。

ただし、頭の後半分はすでに半睡の痺れ。

往生際の悪い前頭部だけが卓上灯のぬくもりを受けて埒もないあれこれ。

うたた寝の涎の跡にさも似たり。

10月6日

昼から新橋でミーティング。

夕方、座・高円寺に戻り、立教大学の中村陽一さんと劇場創造アカデミーの打合せ。

公共劇場の将来像についての大切な相談相手のひとり。

パブリックシアターからコミュニティシアターへという発想の転換は、中村さんからの示唆に負うところが多い。

アカデミーでは「劇場環境」という仮の枠組みを通して、公共劇場運営のあたらしいデザインについて担当して頂く。

10月5日

びわ湖滞在中移動用に使っていた自転車を劇場スタッフに渡したあと、帰京。

劇場での仕事の魅力のひとつに「終わってしまえば跡形もなくなる」潔さがある。

さらば、『ルル』。

帰宅途中、座・高円寺に寄り道して、制作チーフの石井さんと来年度事業予算について相談。

事務所のデスクにあった「シアターアーツ」最新号で、『被抑圧者の演劇』の演出家、オーギュスト・ボアールの死を花崎摂さんの追悼記事で知る。

10月4日

『ルル』、上演日。

ほぼ満席の客席を前に、無事、初日兼千穐楽。

たった一日の上演は贅沢でもありもったいなくもあるが、一種の「祝祭的」な雰囲気の盛り上がりも、また、格別。

なにはともあれ、上演機会の少ない演目に二回取り組めた幸運に感謝。

オペラ演出の難しさ、面白さを再確認しながら、キャスト、スタッフと「また、いつか」の挨拶。

10月3日

休日。

午前中にホテルを出て、琵琶湖西岸を北上して琵琶湖大橋まで片道約15キロの自転車散歩。

大橋の頂上で琵琶湖北側の雄大な景観をはじめて見る。

帰路、京阪坂本駅の有料駐輪場に自転車をあずけ、比叡山麓の日吉神社に徒歩で参詣。

平坦な道(但、比叡山麓を除く)と天候に恵まれた、快適な一日散歩。

10月2日

『ルル』、最終舞台稽古(GP)。

冒頭からカーテンコールまで三時間近く。

その後中劇場に場所を移して、最後のダメ出しを三十分ほど。

準備から十ヶ月余、演出としての全作業を終える。

明後日の上演を待ちながら、さて、明日はどう過ごそうか。

10月1日

明日のGPを控えて、一日、休日。

一昨日から陣中見舞いに来ていた啓子とともに、琵琶湖、鴨川、と場所を変えながら、ひたすら水をながめて過ごす。

どんな形でも、水の景色が身近にある暮らしはうらやましい。

そういえば、実現していない夢のひとつに「船の劇場」がある。

終演後、観客を陸におろし、手を振る出演者とともに夜の海に去っていく劇場船……