3月31日

大学から劇場への変化は予想以上に大きい。

大学はそれなりに大組織ではあるけれど、日々の営みは基本的には「個人商店」。

それに対して劇場はどんな小組織であっても、徹頭徹尾チームプレーを要請される。

なにを今さらのような当たり前の話だが、そういえば、随分長い間(世田谷パブリックシアター時代を含めて)、この感覚を忘れていた。

このところ何かにつけて、二十代、はじめて劇団を立ち上げた頃を思い起こす。

3月30日

朝十時から、座・高円寺に十二時間。

役所の年度末を控え、備品の搬入、その他もろもろ、人びとの出入りも激しく慌ただしい。

あと一カ月……多忙と、高揚と、疲労と、なんやかや。

自分をふくめて、作業するスタッフの人間臭い素顔が、次第に垣間見えてくる。

ほんらいの協働の手がかりは、たぶんその向こう側に。

3月29日

学芸大学退職の最後の行事、演劇学ゼミOB会。

特別参加の大学院演劇教育研究会のメンバー、ゼミ指導を引き継ぐ近藤弘幸さん、後任の高尾隆さんをまじえて、総勢二十八人が参加。

屋形船を仕立てての隅田川川遊びという豪華版。

楽ではないバイト生活の中、参加費を奮発してくれたみんなの心意気にせめてもの感謝と、和装で参加。

桜の季節にはほんのひと足早かったが、穏やかな日和に恵まれて至福の時を過ごす。

3月28日

座・高円寺プレ事業の最後の演目、『ジョルジュ』上演。

昼夜ともほぼ満員の盛況。

これまでのプレ事業よりはやや本格的な舞台のため、フロントスタッフをはじめ、開場に向けたさまざまなシュミレーションをおこなう。

来場者の声には、もちろんきちんと耳を傾けていきたいが、同時に、この劇場なりの「公衆の場」としての劇場理念をゆっくり、丁寧に伝え、育てていきたい。

開演前の「携帯電話の電源をお切りください」など、幼稚なマナー講座の習慣を取りやめるためにも。

3月27日

座・高円寺プレ事業5『ジョルジュ』、舞台稽古。

気心の知れたスタッフとともにする「自前」の劇場での作業は、肩の力もそれなりに抜けてゆったりと気持がいい。

同時に、こうしためぐまれた環境にどこか安住できないもうひとりの自分を意識するのも確か。

たぶんこの葛藤とは、終生の付き合いになるだろう。

もうひとりの自分の想像力が枯渇しないことを祈るばかり……

3月26日

田中智志・山名淳『教育人間論のルーマン』(勁草書房)。

ドイツの社会学者で、「社会システム論」で知られるニコラス・ルーマンの教育論をめぐる論考。

ルーマンのシステム論の根幹にある「自己創出」概念に着目した一貫した論理性が刺激的。

教育に限らず、人文系分野における社会学の席巻を遅まきながら確認する。

最終章で述べられている「教育の研究者は、教育に批判的であればあるほど、厳密な意味で実践的にならざるを得ないだろう」という指摘は、そのまま「演劇」や「劇場」へ拡張、援用したい誘惑にかられる。。

3月25日

座・高円寺プレ事業、リーディング『ジョルジュ』の稽古初日。

出演は、鳳蘭さん、真那胡敬二さん。

上演ではもうひとり、ピアニスト清塚信也さんが加わり、ショパンのピアノ曲を15曲ほど演奏する。

世田谷パブリックシアター時代に齋藤憐さんと立ち上げた企画で、その後、毎回、出演者を変えながら、七、八年上演をつづけてきている。

あたらしい劇場の稽古場で、ささやかだが、「ものづくり」が始まった。

3月24日

鼻水タラシロウ。

不甲斐ない体調。

にもかかわらず、目の前に作業が次々。

能率はふつう。

気分、気力も……まあ、ふつう。

3月23日

午前11時から23時まで座・高円寺。

手直し工事、遅れている家具の搬入、その合間にプレ事業5本と、ある程度予想はしていたが、それにしてもここへ来てスタッフの仕事量が半端ではない。

せめてこれ以上余計な負担を増やさないように用心しながら、自分の役割、分担を慎重に片づけていく。

しかし、これがなかなか難しい。

よかれと思ってのひと言が、思いも寄らない手間のかかる後片付けを招いてしまったり、とか。

3月22日

座・高円寺への通勤、その他に愛用している電動アシスト自転車にデジタルの速度計を取り付ける。

別にこれといった必要性もないのだが、一体、どのような仕掛けのものか確かめたいという好奇心から。

前輪スポークに小さなマグネットを取り付け、その回転をセンサーが探知、ハンドルに取り付けた本体(豆コンピュータ)に伝えるというもの。

調整後、試走してみると、たぶん本体の演算能力のせいか、たわいのない玩具のようなのんびりとした反応速度がなんとも可愛らしい。

これならば、速度計にあおられての暴走の心配は、まず、なさそう。

3月21日

座・高円寺プレ事業第四弾、「建築家伊東豊雄『座・高円寺』を語る」。

日本建築家協会杉並地域会、東京都建築士事務所協会杉並支部、座・高円寺地域協議会、などの主催。

一時間ほどの伊東豊雄さんの講演のあと、劇場コンサルタントの伊東正示さんをまじえて鼎談。

250人近くの来会者で満員の場内に、「思いのたけ」をただひたすらに。

言葉、言葉、言葉。

3月20日

大学生活九年間のモロモロを、ダンボール34箱に箱詰め。

ほぼ同量のガラクタ、紙束を廃棄。

ダンボール箱は明日、座・高円寺に運ばれて、資料室その他に押し込まれる予定。

卒業生、在校生取り混ぜて四人の強力助っ人のおかげで、研究室の床磨きまで含めて17時に完了。

昨夏の「引っ越し症候群」の発作は、無事、回避。

3月19日

大学卒業式。

夕方からの謝恩会までの間、研究室の引っ越し準備。

明日、明後日の二日間で、学生たちに手伝ってもらいながら、一気に片づける予定。

人事課での退職手続き、学長室を訪ねて鷲山学長への挨拶、などなど。

謝恩会で卒業生諸君のスピーチ(一部、涙つき)を聞きながら、なんだか自分もすっかり卒業生気分。

3月18日

暖かな陽ざしの東海道を打合せのため日帰りで名古屋へ。

味噌煮込みうどんは「本店」か「総本家」か、一日滞在なのでどちらかを選ばなければならない。

「格調」の「本店」(上品なお新香がお替り自由)と「野趣」(うどんの硬さ!)の「総本家」。

帰宅後、ここ数日間ぐずついていた風邪症状が悪化の気配。

早寝。

3月17日

座・高円寺、プレ事業3、「日フィルコンサート」。

オケメンバーで構成した弦楽四重奏団の出張演奏。

わかりやすい曲目選定のくつろいだ演奏会だったが、区側担当者の意識とオーケストラ側の思惑とがどのようにフィットしているのか、いないのか、いろいろ考えさせられる経験の機会にもなった。

全国の公共施設でさかんなアウトリーチプログラム、あるいは芸術家個人、団体のフランチャイズ制やレジデンスの目的、手段について、もっと突っ込んだ議論が欲しい。

イージーなポピュリズムは、表現そのものと表現への「こころ」を殺す。

3月16日

座・高円寺、作業日。

子ども企画「あしたの劇場」を中心に、打合せ、四件。

別件で来訪されたニッセイ文化財団の名原理事長から、劇団四季の子ども招待の規模の大きさ(全国小学校六年生の五割に迫る)を教えられる。

いたずらな対抗意識に迷うことなく、公共劇場は公共劇場なりの「別の道」をきちんとつくり出していきたい。

夜、エルサルバドルの左翼政権樹立をTVニュースで。

3月15日

「いま」を捉えたい。

別に芝居という形に辿り着けなくてもいい。

なにか決定的な変化の時に生きているという実感がある。

目の前から急速に失われていくものへの関心もさることながら、いま、生起しつつあるものの実体を出来るだけきちんと見つめたい。

知的な好奇心ではなく、老いた動物の本能として。

3月14日

江古田ストアハウス。

パートナーの竹屋啓子が主宰する「ダンス01」の「Dance Labo/01 Collection」。

二十代から四十代まで、四人のダンサーによる自作ソロと、啓子が構成・振付した、五人の若手ダンサーによる『脱力をめぐる一考察』の五作品。

ダンサーひとりひとりが醸しだす現代を生きる女性の「身体」と「思索」が、作品構成や表現の巧拙をこえて訴えかけてくる。

女性はみな踊る……うらやましい。

3月13日

春の嵐。

劇場開場前の忙しさにとりまぎれ、日々、何かを取り逃がしてしまっているような、漠然とした不安。

これもひとつの心のバランスの取り方なのかも知れないが、帰宅して書斎の机に向かうたびに、「自分らしさ」などという柄にもないことが、ふと気になってくる。

大学勤めでの「教授」という役柄には、さすがに、終始、一定の距離を保つことが出来たが、劇場の「芸術監督」はうっかりすると身にあった上着のような錯覚に。

日々の判断一つ一つへの慎重さと、「他者」へ向かってひらかれた耳をもっと。

3月12日

座・高円寺の記者発表。

主要日刊紙の演劇担当など、あわせて四十人ほどの出席があり盛況。

オープニング企画『化粧 二幕』と『旅する絵本カーニバル+びっくり大道芸』のキャスト、スタッフ、プロデューサ、館長の齋藤憐さんらとともに壇上に。

忙しい時間をさいて駆けつけて下さった井上ひさしさんから、暖かなエールを送られる。

施設内覧が終わったあと、ようやくテープルと椅子が入ったカフェでのオーガニック・コーヒーと自家製クッキー付きの一休みが、ちょっといい雰囲気。

3月11日

税務署に確定申告の書類を提出したあと、座・高円寺へ。

JATET(建築家、技術スタッフ、メーカーなど、劇場関連の業界研究団体)の見学会。

八十名という予想以上の参加者を前に、座・高円寺の建築計画、および運営のアウトラインについて三十分ほど話す。

建築家、伊東豊雄の「作品」構想を、市区町村レベルのパブリック・シアターにどのように生かしていくのか。

納税者としての思い、ひとしお。

3月10日

スラヴォイ・ジジュク『ラカンはこう読め』(紀伊國屋書店)。

難解(ラカン)+難解(ジジュク)を覚悟して読み始めたが、思いのほか平明な語り口。

もちろん一筋縄ではいかない著者だから、何度も立ち止まって頭を整理しながらの超スローペース・リーディング。

それでも、「あるほど、そういうことだったのか」と思うところいくつか。

「信仰がちゃんと機能するためには、素直に信じている主体が存在する必要はまったくなく、その主体を仮定し、その主体を信じるだけでいい」、と説明される「相互受動的な主体」とか。

3月9日

今年五月にグランドオープンする、福島県いわき市の複合ホール「いわきアリオス」の視察。

施設計画のプロジェクトチームを主導した建築家の齋藤義さん、舞台技術のアドバイサーの世田谷パブリックシアター技術課長の熊谷明人さん、同行。

同施設には、基本構想、PFI事業者に向けた「要求水準書」づくり、設計・建設コンペ、実施設計へのアドバイスなどで、八年ほど前からかかわってきた。

一部先行オープンした大ホールをふくめて、規模、施設内容ともに、国内有数の充実した施設を目の当たりにして、ひと安心。

支配人(副館長)の重責を担う大石時雄さん(世田谷パブリックシアター開業期の苦労仲間)には、ホール機能のすべてを生かすための息の長い長期構想を期待。

3月8日

何もしない一日。

確定申告の書類書きその他をちょっと脇において、本も読まず、音楽も聞かず、ただひたすらぼんやりと過ごす。

断片的な思いを遊ぶだけで、まとまったことも何も考えない。

「休息」にはあまりならない。

到着の遅れている、遠洋航海の客船を待っている気分。

3月7日

「座・高円寺」開館前のプレ事業、パリのロンポアン劇場の事務局長、ジャン=ダニエル・マニヤンさんを招いてのシンポジウム。

劇作家協会会長坂手洋二さんとともに日本側パネリストとして参加する。

ロンポアン劇場は、現在、フランスの劇作家協会が運営するシャンゼリゼの劇場。

もともとは十九世紀のパノラマ館として建てられ、その後、屋内スケート場から、俳優で演出家のジャン=ルイ・バローの本拠地、という変遷の歴史が興味深い。

司会者の佐藤康さんのさばきの良さに助けられて、今日の劇場イメージについて具体的な話題がいろいろ。

3月6日

昼から恵比寿ガーデンプレイス。

東京芸術見本市。

しばらく来ないうちに、随分、規模が縮小してしまった感じ。

座・高円寺も披露目をかねてブースを出したが、この見本市、当初からこの国の劇場事情とはどこかミスマッチ。

掛け声だけは元気のいい「アートマネージメント」とやらの足元のおぼつかなさ。

3月5日

香港のダニー・ユンと、久しぶりにメールのやり取り。

体を悪くしていると聞いたので心配していたが、以前通り、東奔西走の日々を送っている様子。

今年から来年にかけての作業について、いくつか助力の可能性をたずねる。

「健康が許しさえすれば」というただし書きつきだが、力を貸してもらえそう。

郭宝崑(シンガポール)、クリシェン・ジッド(マレーシア)亡きあと、もっとも信頼できるアジアの友人のひとり。

3月4日

ブックオフに購入予約を入れていた真鍋庄平『闇金ウシジマくん』(1巻〜12巻)が届く。

既に評価の高い作品だが、あらためて通読してみて、その面白さとともに、作者の視点の確かさを再確認。

手塚治虫『新宝島』以来のリアルタイムの同伴読者としては、この国のコミックというジャンルの豊かな成熟に圧倒される思い。

物語の展開とともに、画面に丹念に書き込まれた同時代のディテールは、文学や映像やでは決してとらえられないリアル感を備えている。

青木雄二『ナニワ金融道』のロマン的マルクス主義が、ものの見事に蹴散らされる。

3月3日

桃の節句。

座・高円寺スタッフ、定例全体ミーティング日。

制作系、技術系、総務系スタッフ全員による週報告を聞きながら、現時点の問題点を整理する。

開館まであと二カ月。

劇場スタッフの「余裕」と「笑顔」を確保するのがぼくの役目。

3月2日

終日、座・高円寺。

取材、打合せ、その他。

劇場創造アカデミー、その他について、宮沢章夫さんと相談。

具体的な用件の合間に、「演劇ってなんだろう」という話題をひとしきり。

とかく大仰な物言い(本人にその気はなくても、01さん言うところの「はったり」に通じるような)になりがちなぼくと違って、いつも自分自身の視線から真摯、朴訥に語る宮沢さんの思考回路が気持ちいい。

3月1日

三月。

サイトのリニューアルのおかげか気分スッキリ。

昼食に入ったラーメン屋で週刊誌をながめていたら、『易経』にある「君子豹変 小人革面」なる言葉を見つけた。

「変わったように見えるけど、中身は同じ」……

日々、半ば自覚的な「小人道」にいそしむ者にとって、いろいろな意味で見過ごせないひと言。